憲法草案を読んでみた─生身の対話と一次資料が身を助ける

Dairy

さきの選挙について、反省と学びが盛りだくさんだったので書いておきたい。

家庭内に誤情報を流した

以前ブログで「今回の選挙許せん!」とばかりの興奮した記事を出していたが、後日談がある。

ちょうど兄が帰省していて久しぶりに晩酌したのだけど、そこで私が誤情報を流したのだ。兄が「本当に?」と疑って、調査したところ誤情報であることが判明した。

恥ずかしさと悔しさと申し訳なさで爆発しそうだった。

ちなみに兄は無党派だが、かなり新自由主義的で、部分的に私とは正反対の政治思想を持っている。


誤情報の内容は「自民党の憲法改正草案からは基本的人権項目が削除されている」というものだ。

結論、YES、基本的人権の記載がある第九十七条は削除されている。しかし、第十一条に基本的人権の記載が残っている。つまり草案全体では基本的人権の記載は削除されていない

よくある誤情報のようで、「自民党憲法草案 基本的人権 削除」などとGoogle検索すると、ファクトチェックの記事が出てきた。

兄はデマじゃないか?と呆れていたが、デマとは「政治的な目的で、意図的に流す扇動的かつ虚偽の情報」らしい(コトバンクより)。私は悪意なく勘違いしていたのでデマではない、と明記しておく(!)。

じゃあ私が見た情報は何なのか?本当のことを知りたい。

ということで、自民党の憲法草案を読んでみた(正確にはQ&A付きの増補版を読んだ:日本国憲法改正草案Q&A)。

やっと一次資料にあたった

酔った勢いで88ページ印刷し、3時間くらい読んでた気がする。反対意見の記事と論文(講義録)も読んでみた。

一次資料を読んだら落ち着いた

実際に読んでみると、これでやっと議論できるね、という安定した気持ちになった。

もし政治不安でメンタルやられている人がいたら、一次資料を読んでみることをお勧めする

分からないから怖いのである。

相手の言い分を聞いてみたら、こっちの言い分も整理できるし、なにより、相手も敵ではないっぽい(意見は違ったとしても)と思えた。

ちなみに、たまたま最近読んで面白かったエッセイストの新作がズバリ『そいつはほんとに敵なのか』だった👇
筆者が政治的意見の異なる人と対談する章があり、とても読み応えがあった。おすすめ!

草案の内容については、そもそも世界観が古くて(特に天皇を崇め奉ってるのが、自分は抱いたことのない感情すぎて不思議だった。元軍国少年だった亡き祖父を彷彿とさせた)、日本に住んでる全員を把握できてない感じで(日本国籍がない人とか家族いない人とかどうすんの?という箇所がある)、すでにこの草案すら今の時代・現状に合ってないのでは?と思った。

感想としては、「この草案を書いた人と私とでは見えてる世界が違いすぎるから、これがこのまま憲法になったらかなり嫌だな」だ。

一読して明確に「この箇所がヤバい」といった指摘はできないけど、全体にほとばしる「お上がえらい!」という雰囲気は感じ取ったので、誤情報ではあった「基本的人権が削られる」という懸念も、全くの的外れではない気もうっすらした(この世界観の前提を考えると…というか、、読んで感じてみてください!笑)。

時代に合った憲法を作りましょう!という建付けなのだから、やるならもっと若者も入って議論して揉みまくる必要があると思う。だからこそ政治家に若い人が必要なんだなと思ったり。

憲法を変える必要がない派の人の話も、改めて聞いてみたいと思った。

なお、今回読んだ反対意見の記事では(草案の中身が「権力の暴走を食い止める設計が弱い」という懸念もあり)「自民党を信用できない」から憲法変えるべきじゃない、というのが大意っぽかった。

憲法改正の争点についてはこれから調べてみる予定!

エコーチェンバー、自覚しづらいのが怖い

なぜ私はこのエクストリームな情報(「自民党は基本的人権を削除しようとしている」)の真偽を調べなかったのか。

日々触れる情報から、自民党への不信感が知らぬ間に揺るぎないものとなっていて「自民党ならやりかねない」と思うに至ったのだと思う(トランプみたいな大統領がいる時代だし)。

だから「いくらなんでも、それはないでしょ」と検索しなかった。今考えると恐ろしい。

これって、いわゆるエコーチェンバー現象だ。

今「エコーチェンバー」について検索したら、放送大学の教授が4年前から今の私に語りかけてきた👇

(何らかのソーシャルメディア(SNS)や検索サービス)を利用し続けていると、提供される情報は、しだいに自分にとって関心のあるものに偏ってきて、自分とは異なる意見や考え方を、無意識のうちに遠ざけてしまうようになります。これを、情報をこし取るフィルターによって、泡(バブル)のような狭い空間に閉じ込められることに喩えて、「フィルターバブル」効果と言います。

ネット上の意見交換の場では、この効果によって、現実に存在する多様な意見の中から、自分と同じ考えを持つ人の発言がより多く表示され、反対や中立の人の発言の表示は減っていきます。そして、自分の主張に対する共鳴や共感が広がり、同調者による閉鎖的なコミュニティが形成されて、その中では、自分たちの意見のみ増幅されていく状態になります。これを、自分にとって心地よい音だけが増幅され、それ以外の音が耳に入ってこない小さな部屋にいることに喩えて、「エコーチェンバー(反響室)」現象と言います。

ネットに大きく依存する世界では、フィルターバブル効果によるエコーチェンバー現象は、誤った情報(デマ)や根拠の乏しい陰謀論を拡散させる一因となり、SNS での誹謗中傷行為を助長していきます。前回の米大統領選挙では、人々の怒りの感情を増幅して、社会の分断と対立を煽るように作用しました。対面での直接のコミュニケーション機会が制限されたコロナ禍では、このようなベクトルがさらに大きくなっています。SNS 等のネットメディアとの向き合い方を、改めて見つめ直す必要があるでしょう。

─放送大学広島学習センター客員教授 椿 康和
https://www.sc.ouj.ac.jp/center/hiroshima/245.pdf

エコーチェンバーやフィルターバブルについての知識はあったのに、自分が(偏ってる認識はあったが)ここまで深入りしている自覚はなかった

エコーチェンバー現象って性質的に自覚するのが難しいから、無条件で対策を講じないといけないなと思った。自分はそこまで酷くない、という驕りは持たない方がいい

もうコロナ禍のような生活制限はないけど、私は個人的にずっとコロナ禍並みの社会的孤立度をキープしていて、これもエコーチェンバー現象の影響が強い一因だと思われる。

対策案

対策案を考える。

発信者の確認

エコーチェンバー現象を過激化させる一つの要因に、情報が偏った”勘違い製造記事”がある。今回たまたま読んだ反対意見の記事も、第九十七条の削除のみ指摘していて、第十一条に基本的人権の記載が残っていることは書かれていなかった。正直、誤解する人が出ても仕方ない書き方だった。

立派な体裁でも、「ジャーナリスト」という肩書きの人が書いていても、説明を怠っている記事がある。

初歩的なことだけど、書き手はどんな立場の人か、どの報道機関か出しているかなど、書いてある文字以外の情報も確認しないといけない。

SNSのスピード感で情報を浴びていたらつい怠りがちだけど、だからこそ必須の一手間だと思う。

生身の対話

私が誤情報を指摘されたように、生身の(特に反対意見の)人と対話するのが一番有効だと思う。

ただ、対話は信頼関係がある人同士でしか成り立たないので、反対意見だと難しい場合もありそう。

似た意見の人との対話でも、「反対意見はどうだろうね」と一緒に調べたりするといいかもしれない。

重要事項は複数紙に目を通す

身近にそういった対話の機会がない場合は、新聞を複数紙読むことも一つの手なのかなと思う。

図書館に行けば複数紙置いてあるし(ない図書館もあるのかな?)、重要な事柄に関しては複数紙にパラパラと目を通すと、マジョリティの感覚が掴めるのではないか。

さいごに

正直、今回の誤情報流布事件でかなり落ち込んだ。

本当に恥ずかしいけど、自分は調べるのが好きな方で、「本当のことを知りたい」といつも思ってきた。

だから、まさか自分が一次資料に当たらずに(特に政治的な)誤情報を流すとは思っていなかった。

何か情報を得た時「本当に?」という引っ掛かりがなかったら、調べようと思わない。

「それって本当?」と引っ掛かれるために、常識とニュートラルな感覚が必要だ。

そのために基本的な社会への知識と経験も大事だし、普段触れるインプット情報を主体的に設計しないといけない。

手っ取り早く最初にできることは、SNSから距離を取ることだ。SNSから離れて、人と話そう

この話をシェアするのは恥ずかしいけど、一人でも誰かが「SNS見過ぎないようにしよう」とか「周りの人と話そう」思ってくれたら嬉しい。

🫶

コメント

タイトルとURLをコピーしました