ベルリン暮らしの日常を思い出してみる

Dairy

カメラロールを見返してみた。

大量の写真から、当時の自分の視点を窺い知れる。

ほとんどが日常ではなく旅先の写真だ。でも確実にあったはずの日常生活。忘れたくない!

今回はベルリンでの日常を思い出してみる🖋️

ベルリン暮らし

2018年末から2019年末までドイツのベルリンに住んでいた。

6人シェアの家に住んでいて、私ともう一人だけずっと家にいた。

その子はシリア人で、ずっとゲームをしていて、よく料理を作って分けてくれた。パン文化にいながら米を食べる者同士の絆があった。同じアジア人として髪を切ってくれたこともあった✂️笑。

シリアの人が多い地区へ出掛けては美味しいものを買ってきた。たまに分けてくれた。全部とても美味しかった。

部屋をシェアしていたハンガリー人の子は、たまたま同い年で気が合った。政治の研究をしている大学院生で、世界情勢について話し合ったり、地元の文化をお互いに紹介しあったりした。7-8年後の今もメッセージを交換している🫶

お互い写真に撮られるのが苦手で、ツーショットがないのが悔やまれる。この部屋で日々お喋りしたのが懐かしい

日中は近所のカフェでよく作業していた。トルコ人っぽいオーナーはいつも優しくて、一度だけ少しおまけしてくれた。そこ以外のカフェは、少し高くてあまり行けなかった。

これぞ日常の景色

出会ったことがないタイプの人々

日本人のコミュニティ(フリーランスで頑張ろう集団)を事前に見つけていて、そのうち数人と友達になった。

たまにカフェに集まって作業しよう!という、同僚みたいな感じでもあり、公園でピクニックしたり、花火してみたり、お互いのお家でご飯を食べたりした。

友達づてに徐々に知り合いが増えた。ベルリンで起業して店を構えている人や、ふらっと来て結果的に住み着いた人もいた。

数ヶ月だけアルバイトした日本居酒屋では、DJをしている人とアクセサリーを作っている人と知り合った。高そうなフィルムカメラを触らせてくれたり、アングラなクラブに連れていってくれたりした。

土地柄アーティストが多く(ベルリンはアーティストが滞在ビザを取りやすい街で有名)、モデルをしている人や、直接は知らないが「○」を描くことで生きている猛者もいた。

大学も多いので、博士課程で哲学を専攻している人や、プロの音楽家を目指す人もいた。なぜか両者ともペペロンチーノに凝っていて、それぞれ別の機会に振舞ってくれたりもした。

音楽家によるペペロンチーノ。ベッドバグ事件で家に帰れないとのことで、私のシェアハウスに匿ったお礼

日本でサラリーマンをやっていたら、一生交わらないであろう人たちだった。

日本人の友人たち以外にも、いろんな人と交流した。

家をシェアしていたしっかり者のドイツ人大学生や、イタリアはフィレンツェから来た朗らか女子、「パリにパンを買いに行きたい!」と毎日嘆いていたフランス男子、いつも土足でずかずか部屋に入ってくる管理会社の陽気なおじさん、そして料理を分けてくれるシリア人と、毎晩話し込んだハンガリー人のルームメイト。

ルームメイトたちとの思い出が詰まったキッチン

「こんな人生もあるんだ!」「こんな感覚で生きてる人もいるんだ」と生身の人間から学べたことが、ベルリンでの一番の収穫だったと思う。

落ち着かない移民生活

ベルリンは常に家不足。お金がない若者が払える家賃の部屋を見つけるのは至難の業だ。

私も色々あって3回引越した。最後は元のフラットに戻れたのだけど、生活が落ち着かないのはストレスだった。

ビザの問題もあった。ワーホリビザは一年で切れる。その後も私はベルリンに滞在しようとしていて、ドイツの納税番号を取得したりと準備を進めていた。

モチベを上げようと、もがいていた様子(?)

しかし役所では英語が通じなかったり、「ここはドイツだからドイツ語で話して」と突き放されたり(笑)。

ドイツ語を真面目に習得しなかった私も悪いのだけど、一つ一つの対応にすごく気力、粘り強さ、そして場合によってはお金が必要だった。

実力不足なひよっこフリーランスにとっては、負荷が高すぎた。と解釈している。

ドイツにいても旅に出てしまう

写真を見返すと楽しそうなのだが、常に焦燥感と経済的不安に苛まれていた。楽しい瞬間も、すべてを思い切り楽しむことはできず、上滑りしていった感覚がある。

日常がしょっぱかったせいか、お金もないのに旅に出た。

iCloudをケチった時期に元データが消えてしまったので粗いスクショしかないのが悲しい。スペインの羊。

スペインのマラガ、ポルトガルのリスボンとポルト、ミュンヘン、ウィーン、ジョージア、、。

ウィーン。シェーンブルン宮殿

住めばそこが日常になる。自分が求める「日常と非日常」「現実と非現実」のバランスは、どこに住んでも同じなのかもしれない。

ジョージア。連れ立って歩く馬と犬とおじさん

マイペースながら得た新しい視点

精神的にきつい日も多かったけど、誰にも干渉されず、ジャッジされず、社会の端っこで過ごした時間は、当時の自分には必要だったと思う。

キッチンからの景色

新しく得た視点も多い。

とてもパーソナルのものだと、自分の見た目が素敵だと思えるようになった。

ある日ルームメイトの長いふさふさのまつ毛を羨ましがったら、「君の目は涼しげで綺麗」と言ってくれた。大きすぎない鼻も羨ましいらしい。

その日から、鏡に映る東洋人である自分も(街での貴重性も相まって)いい姿だなと思うようになった。

天井の高いアパートの6階から降りるのが億劫で、よく適当なクッキーを焼いた

もう一つは、社会には階層があるということを感じた。

これは正直あまり気分のいい話ではない。でも日本でもドイツでも、おそらく全ての人間の社会に当てはまると思う。社会には階層(階級の場合もある)があって、上の方が楽だ。

私はドイツ社会にいるより、日本社会にいる方が楽だ、と思った。

日本にいたら私は自動的に市民だし、日本人ぽい見た目をしている(人種差別を受けない)し、役所に行っても母語で全て完結するし、いい大学を卒業している(仕事を得やすい)。

もちろん努力で変わる部分も大いにあるのだけど、「日本で積んできた社会的信用や人脈がゼロになる」というのが自分にとっては、想像以上に圧倒される問題だった。

ワカメのようなミント(ミントティー)

ベルリンで食べたもの

シリアスになってきたのでドイツで食べた美味しかったものを並べます!!🍽️

おしゃれカフェではなく、がっつりご飯系から選抜。やはりアジア多めになりました。

中東料理

ケバブ

生命線。パン・パスタ・バスマティ米・じゃがいもをちびちび食べる貧乏生活だったが、タンパク質と野菜も必要だ!ということで、たまにケバブを食べた。一個で2食分はある。

野菜もたっぷり

シリア料理?

隣のシリア人が作ってくれた。料理名を聞いても「そんなもんない!」と言っていた。どれも美味しかった。

トマトとチキンとライス
チキンとライス

中東のどこか

シリア以外の中東料理も街にたくさんあった。レバノンとか、素人にはわからない違いがあるようだった。どこもすごく美味しい。日本には中東料理店が少なすぎる。

食べ終わってお皿を持っていったら「お皿持って帰らないでよ!?」と窃盗を疑われた

アジア料理

フォー

ベルリンにはベトナムの人が多く住んでいる。一度ベトナムの人がよく行くというマーケットで地元のフォーを食べた。めちゃくちゃ美味しかった。

いつかベトナムでも食べてみたい。出汁が違うのかな?ものすごく美味しい

中華

『MADE IN CHINA』というお店を気に入って、友達とたまに行った。その後コロナで閉店してしまったと聞いた。The中華の脂とパラパラチャーハンに満たされた。西の方にあった『老友』というお店も良かった。

毛の長い小型犬が飼われていた記憶

インド料理

もちろんあります、インドカレー。ランチがリーズナブルで美味しかったので、新しい友達ができるたびに連れていった。

アジアフュージョン

アジア料理店は結構たくさんあって、だいたいはアジアフュージョン料理だった。寿司もフォーもタイカレーもある。あの謎食感の肉のようなものは何だったんだろう。

春巻きもあった
これはたぶんタイ料理店

アフリカ料理

スーダンだったかな?食べたことない!気になる!と思って入った。開店前だったけど、おっちゃんが気だるそうに作ってくれた。揚げ物が多かった。

そういえば役所でスーダン人男性に熱烈ナンパされた

ドイツ料理

カリーブルスト

ベルリンを象徴するストリートフード。ソーセージにケチャップとカレー粉をかけたもの。飲んだ後にみんなで立ち話しながら食べたのが美味しかった。酔っ払っていたからかな。ベルリンを去る時にも記念に食べた。

空港にある電車を再利用したレストランで食べた最後のカリーブルスト

ソーセージとビール

せっかくドイツにいるからという理由で、誕生日にソーセージを食べた。あいにくの天候でお祝いどころではなかったのが残念。強風でナプキンは飛ばされ、ソーセージはすぐに冷めた。

湖を眺めて優雅に、、のはずが強風に煽られる

伝統料理とビール

ミュンヘンに行った時、本物のドイツ料理を食べた。驚くことに、はちゃめちゃに美味しかった。キャベツがうまい。出汁が効いていた。接客も温かくて、なぜか泣きそうになった。

北ドイツと南ドイツは文化圏が違うようだ

朝ごはん

ドイツの朝ごはんは有名らしい、ということで友達とランニングの後に食べに行った。一人でこの量食べるの??という疑問が残っている。オリーブの量だけでも一食分ではない気がする。

映っているパンは定番のようで、スーパーでも超安く売られている。基本このパンたちを食べて生きていた

さいごに

ドイツ・ベルリンでの生活は、ぴったり1年で幕を閉じた。

「Berlin1周年!」ベルリン上陸記念日に去る

自由で気ままで青春っぽいモラトリアム期間。

「日本社会で生きていけない!と言って飛び出した結果、ドイツ社会の方が厳しいわ!と言って帰ってきた」という情けないあらすじなのだけど、

自分の甘さもよくわかったし、社会について、世界について、人間について、仕事について、お金について、、、深く考える機会になった。

色々な感覚や常識で生きている人たちと出会って、視野が広がった。

よく言われることだけど、ここの常識は世界の常識じゃない。それを知っている今は、ちょっと自由だと思う。

家のキッチンから見えるモネみたいな空

🍻🌭🥙✈️🫶

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